ラメ散りばめた半熟卵
強く心に残っても、強い感情をかきたてられても、好きになれない作品がある。
赤いハートにぐさりと突き刺さる抜けない矢みたいな、抜き方がわからないのに痛みがその存在をいつまでも主張して、気になって気になって仕方ないものがある。
- 作者: 江國香織
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/05/30
- メディア: 文庫
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笑子はアル中、睦月はホモで恋人あり。そんな二人はすべてを許しあって結婚した、筈だったのだが……。セックスレスの奇妙な夫婦関係から浮かび上がる誠実、友情、そして恋愛とは?傷つき傷つけられながらも、愛することを止められないすべての人々に贈る、純度100%の恋愛小説。
1回目は、笑子が泣いてしまう場面がとっても怖くて恐ろしくて、早くこの人が大丈夫になればいいのに、安心できればいいのに、って祈りながら最後のページまで急いだ。
2回目は、もしかしたらどこかに救いがあったのかもしれない、泣いてる笑子を見るのはとっても辛いけど、でも最後に彼女は幸せになるんだから、私はそれを読み取らなければいけない、って、ゆっくりゆっくりヒリヒリしながら丁寧に読んだ。
でも、1回目も2回目も、ヒリヒリはヒリヒリのままで終わってしまった。
笑子の泣きたくなるくらいのヒリヒリが、最後の1ページにも残っていて、そこから先の透明なお話にもヒリヒリの余波を感じてしまった。
笑子はとっても不安定。ハンプティ・ダンプティな人間はみんな殻をまとっているのに、笑子はつるつる白身が丸出し。お酒を飲んだり壁の絵とお話したりしてどうにか白身のまま生きようとするけれど、睦月の優しさがその白身に傷をつけてしまう。私はそれがとっても悲しい。睦月の無神経さに怒っちゃう。
でもでも、睦月は笑子を傷つけたいわけじゃない。ハンプティ・ダンプティは白身のままの笑子を愛しながら、「このままじゃいられないんだよ」って懸命に、殻つき卵なりにどうにかしようとしてる。でも、その「どうにか」が、笑子の剥き出しつるつるたまご肌を傷つけていく。優しく、悪気なく、でも着実に。
笑子は白身のハンプティ・ダンプティなりに活路を見出そうとしているのに、かぎカッコつきの『ハンプティ・ダンプティ』がそれを許さない。震えて泣いてしまう笑子の気持ちが、とってもとっても、痛いくらいにわかる。白身の肌についた傷を、自分のみたいにさすってしまう。
きっと私は、笑子を自分だと思って読んでる。だから睦月を許せないし、このラストを許せない。
同時に、白身のままの「私」を愛してくれるハンプティ・ダンプティを持つ笑子が辛いくらいに羨ましい。ハンプティ・ダンプティがいてもヒリヒリするだけなのはわかっているけれど。
白身卵の肌を保ったまま、ハンプティ・ダンプティと寄り添って幸せに生きていきたいのかもしれない。
白身卵とハンプティ・ダンプティって言葉は通じるのに、その気持ちが通じないのが悲しいのかもしれない。ヒリヒリみみずばれの痛みみたいに肌を刺すのかもしれない。
丁寧に優しく優しく薄皮を剥いだのはあなたなのに、結局壁から落ちることを知っている(ように見える)睦月のことを、私は愛せる日が来るのだろうか。
笑子みたいに、愛せたらいいなと思うのに。